どこか体調に不安があるとき、Google検索で自分がどんな病気か調べたことがある人は多いのではないでしょうか?
頭痛がしたら「
脳腫瘍?風邪?」、お腹が痛ければ「
胃潰瘍?盲腸?」と、心配になる気持ちは誰にでもあるものです。
最近では、こうした症状をAIに尋ねられる時代になり、「わざわざ病院に行かなくても、AIが診断してくれる」と感じるかもしれません。
しかし、実際にAIを活用して
自己診断を行ったとき、本当に精度は高いのでしょうか?
イギリスの
...moreオックスフォード大学(University of Oxford)の研究チームは、AIモデル(大規模言語モデル:LLM)は単独では約95%の精度で正しい病名を特定できるにもかかわらず、人間がそのAIを使って診断しようとすると、正解率が34.5%にまで落ち込むと報告しました。
この研究成果は2025年4月26日付の『arXiv』で発表されました。
目次
AIが優秀なら患者は医師ではなくAIに尋ねても良いのか?AI単体では優秀でも、一般人が自己診断に使うと精度はガタ落ちする
AIが優秀なら患者は医師ではなくAIに尋ねても良いのか?
近年、ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は急速に進化し、専門家レベルの知識を獲得しています。
AIが今と比べて未発達だった2023年でさえ、米国医師免許試験(USMLE)に相当する問題に対して90%以上の正答率を誇り、実際の医師や研修医を上回るパフォーマンスを見せました。
こうしたAIの能力を活用すれば、病院に行かずとも、症状を入力するだけで正しい病名と対処法を得られるのではないかと期待する人も多いでしょう。
しかし、オックスフォード大学の研究チームは、「AIが優れていること」と「人間がそのAIをうまく使えること」はまったく別問題であることを実証しました。
AIを使った自己診断の精度は? / Credit:Canva
研究では、合計1298名のイギリス人参加者(専門家ではない)を対象に、肺炎から風邪まで、様々な架空の医療シナリオを提示しました。
例えば「20歳の大学生が友人と外出中に突如激しい頭痛に襲われる」といったシナリオがあります。
その中には、「下を向くのも辛い」といった重要な医学的情報だけでなく、「常習的に飲酒し、6人の友人とアパートをシェアし、ストレスの多い試験を終えたばかり」といった誤解を招く情報も含まれています。
そして、そのシナリオを3つの方法で分析しました。
AI単体(GPT-4o、Llama3、Command R+など)
参加者がAIを用いる
参加者のみ(AIを使わず検索エンジンなどで自分で情報収集する)
それぞれのケースで、症状シナリオから「どんな病気だと思うか」「どのように対処すべきか(救急車、救急外来、かかりつけ医、自宅療養)」を判断するよう求められました。
その後、それらの回答と、医師チームが全員一致で出した「正解」が比較されました。
ではどんな結果になったのでしょうか。
AI単体では優秀でも、一般人が自己診断に使うと精度はガタ落ちする
実験の結果、AI単体にシナリオを読ませた場合、94.9%の精度で病名を当てました。
これは医師レベルの判断力といえるでしょう。
一方で、人間がそのAIと会話しながら診断を行った場合、正解率は大きく低下しました。
少なくとも1つの疾患を特定する確率は最大34.5%で、...
糖尿病は、実は“暑さに弱い体”をつくってしまうのかもしれません。
名古屋工業大学の
研究チームは、
日本全国256万人分の保険
データを解析したところ、
糖尿病患者はそうでない人に比べて
熱中症になる
...moreリスクが約1.4倍にもなることがわかりました。
さらに年齢別で見ると、働き盛りの30~59歳の男性で特に顕著で、リスクが最大1.7倍に跳ね上がっていたのです。
この研究は、私たちが思っている以上に「糖尿病と暑さの関係」が深いことを示しています。
目次
糖尿病と熱中症リスクに関連性「気温30℃以下」でも油断できないリスク
糖尿病と熱中症リスクに関連性
Credit: canva
糖尿病は、血糖値のコントロールがうまくできなくなる病気ですが、その影響は体温調節機能や発汗機能にも及びます。
これまでの研究でも、糖尿病患者は「熱波」の時期に死亡率が高くなる傾向があることが報告されていました。
血管や神経がダメージを受けやすく、暑さへの反応が鈍くなることが要因とされています。
さらに糖尿病によって自律神経の働きが乱れると、発汗が遅れたり、うまく体温を下げられなかったりする状態になります。
つまり、体の内側から「暑さに鈍くなってしまう」のです。
これまでの研究は、特定地域や小規模なデータに限られていましたが、今回の研究では全国47都道府県、7年間のデータを用いた大規模解析が行われました。
調査では、2016年から2022年までの約256万人分の保険請求情報(レセプト)を用いて、糖尿病患者とそうでない人の熱中症リスクを比較。
その結果、糖尿病患者は、そうでない人に比べて熱中症にかかるリスクが明確に高いという数字が導き出されたのです。
糖尿病患者は熱中症リスクが1.4倍に上昇
全国規模の保険者データベースを用いた解析から、...
広島平和記念資料館には、訪れる人々の足を止める一つの石があります。
それは「人影の石」と呼ばれる、原爆の熱線によって石段に人の姿が焼き付いた跡です。
1945年8月6日の
原爆投下の際、
住友銀行広島支店の玄関前の石段に座っていた人の影が黒く残ったもので、「死の人影」とも呼ばれています。
まるでその人の最期の瞬間が石に刻み込まれたかのようなこの光景は、見る者に原爆の恐ろしさを強烈に訴えかけます。
この影について、戦後の
平和教育を受けた
...more日本人の多くは「人間が一瞬で蒸発して影だけが焼き付いた」「人間が瞬時に炭化してこびりついた」といった話を記憶しているでしょう。
しかしこれらの記憶に残る話は事実なのでしょうか?
目次
「人間が一瞬で蒸発した」は科学的にありえるのか?なぜ石に人の影が残ったのか「人が蒸発した」という俗説はなぜ広まったのか?
「人間が一瞬で蒸発した」は科学的にありえるのか?
「人間が一瞬で蒸発した」は科学的にありえるのか? / 有名な人の影が焼き付いたとされる石/Photograph by Yoshito Matsushige
原爆の閃光を浴びた後、人や物のシルエットが建物や地面に焼き付いて残る——この事実は当時人々に大きな衝撃を与え、広島・長崎に起きた悲劇を今に伝える貴重な記録となりました。
広島では実際に街中の歩道や壁、橋など様々な場所でこうした「影の跡」が報告されています。
広島市内の住友銀行前の石段に残った人影は特に鮮明であることから、1971年に石段ごと切り取られ、広島平和資料館に保存されることになりました。
爆心地から約260mという近距離で被爆したその石には、長年にわたり多くの人々が「原爆で蒸発した人の痕跡」として注目してきました。
平和学習などで「爆心地付近では人間が一瞬で蒸発し、影だけが焼き付いた」という話を聞いたことがある人は少なくないでしょう。
実際、広島市がまとめた公式記録にも「爆心地から半径500m以内の地域では…ほとんど蒸発的即死に近く…死体も骨片もあまり見当たらないほど焼き尽くされていた」との表現があります。
また、2005年のBBCのドキュメンタリー番組でも、石段に座っていた男性が閃光と同時に煙のように消えてしまうCG映像が描かれました。
こうした描写も手伝って、「原爆の熱で人が跡形もなく蒸発し、その“残り”が石に焼き付いたのだ」というイメージが語り継がれてきたのです。
ですが、この「人体蒸発説」は科学的にはかなり無理があります。
原爆が炸裂した瞬間、火の玉の中心部は推定で数十万度にも達しました。
起爆直後のマイクロ秒からミリ秒の間は、これよりも高い数千万度に達していたと考えられています。
地上もまた瞬く間に灼熱地獄と化し、爆心地直下では数千度(およそ摂氏3000〜4000度)という猛烈な高温に見舞われました。
常識的に、人間は100℃の熱湯にも耐えられないのですから、それをはるかに上回る高熱にさらされれば跡形も残らないように思えるかもしれません。
しかし、人体の約6割前後は水分であり、それをすべて蒸発させるには膨大な熱量と時間が必要です。
(※人体の水分比率は成人男性では平均して60~65%、女性では55~60%程度とされています)
研究による試算では、体重78kgの成人を完全に蒸発させるのに必要なエネルギーは約299万キロジュールと報告されています。
これはTNT火薬に換算して約710kg分に相当するエネルギーですが、その膨大な熱をごく短時間で体全体に均一に注ぎ込まなければ、人間を完全に気化させることはできないと指摘されています。
要するに、現実の原爆がそのような“魔法”を起こすには至らなかったのです。
また、「炭化した人間が背後の石に焼き付いた」という説もしばしば聞かれますが、これも事実とは言えません。
蒸発と同じく人体を一気に炭化させるには、熱が深部まで行き渡るだけの時間とエネルギーが必要です。
しかし、原爆の熱線はあまりにも瞬間的で、表皮を超えて深部まで作用するには至りません。
熱量の合計は「照射時間×熱流密度」と考えられるため、いくら高温でも照射時間が短ければ物体を十分に炭化させることはできないのです。
では何が「人の影」を石に焼き付けたのでしょうか。
なぜ石に人の影が残ったのか
なぜ石に人の影が残ったのか / 人間でなくとも影が焼き付いてしまった事例が米国の資料にも記載されています/Credit:The Atomic Bombings of Hiroshima and Nagasaki
何が「人の影」を石に焼き付けたのか?
結論から言えば、この「人影」は決して人そのものが焼き付いたものではありません。
原爆が放った強烈な閃光と熱によって、地表や建物の表面が一瞬にして変色した結果生...
脳細胞を
自由自在に誘導できるとしたら、
脳科学や医療の可能性は広がります。
そんな革新的な技術を現実のものにしようとしているのが、
イタリアの
ピサ大学(University of Pisa)と
京都大学の
...more国際共同研究チームです。
彼らは、磁力を使って神経細胞の突起を「引っ張る」ことで、失われた神経回路を人工的に再構築する新技術「ナノプーリング(nano-pulling)」を開発したのです。
この研究成果は、2025年5月11日付で科学誌『Advanced Science』に掲載されました。
目次
磁力を使って「軸索の成長を誘導する」ことに成功
磁石で脳細胞を誘導し、失われた神経回路を再構築する新技法を開発
手足が震えるパーキンソン病 / Credit:Canva
パーキンソン病は、世界で急速に患者数が増加している神経変性疾患のひとつです。
ドパミンという神経伝達物質を分泌する神経細胞が、脳の「黒質(こくしつ)」という領域で徐々に失われていくことで発症します。
ドパミン神経細胞は、長い軸索(神経細胞が他の細胞に信号を伝えるために伸ばす細長い突起)を伸ばして「線条体(せんじょうたい)」という別の脳領域に情報を届け、運動機能をコントロールしています。
この重要な神経回路が「黒質線条体系路(ニグロストリアタル経路)」です。
しかし、パーキンソン病ではこの経路が壊れることで、ドパミンが供給されず、手足の震えや動作の緩慢さなどの症状が現れます。
既存の治療法は、こうした症状を一時的に緩和するものであり、根本的な回復には至りません。
この問題に対し、近年注目されているのがiPS細胞を用いた再生医療です。
iPS細胞から作られたドパミン神経前駆細胞を脳に移植することで、失われた神経細胞を補おうとする試みが進められているのです。
神経細胞の図。パーキンソン病を治療するには、軸索(Axon)を線条体の方向に正しく成長させなければいけない / Credit:Wikipedia Commons
しかし大きな課題が残っていました。
それは「移植した神経細胞の軸索が、目的地である線条体まで十分に伸びない」ということです。
成人の脳では、軸索の成長を誘導する仕組みが乏しく、細胞を移植しても神経回路を...
私たちの多くは、「少しでも助けになりたい」と考えて寄付を行います。
貧困や病気に苦しむ人々、自然災害で被害を受けた地域、あるいは
環境保護や
人権活動など、さまざまな目的で「善意」に基づく寄付が
世界中で行われています。
しかし、最近の研究が、この「善意」という前提に一石を投じました。
カナダの
ウェスタン大学(Western University)の
...more研究チームは、寄付行動に「怒り」や「報復」という、従来の「利他的な社会的行動」とは対極の感情が深く関わる新たな形態を報告しました。
彼らは、この寄付行動を「Retributive Philanthropy(本記事では報復的慈善活動と呼ぶ)」と名付けています。
この研究成果は、2025年2月6日付で『Journal of Marketing Research』誌に掲載されました。
目次
善意の寄付だけではない?「怒り」から生まれる新しい動機とは?人はなぜ、「罰したいから寄付する」のか?報復的慈善活動を活用できるのか
善意の寄付だけではない?「怒り」から生まれる新しい動機とは?
寄付とは一般に、他者の利益や社会の福祉を考えた「善意の行動」とされてきました。
また「自分の利益」を考えて寄付を行う場合もあるでしょう。
これまでの研究でも、寄付の動機は「共感」や「感謝」、「自分のイメージ向上」や「税制優遇」など、利他的・自己利益的な理由に分類されていました。
しかし、2016年のアメリカ大統領選の結果を受けて起こったある出来事が、研究者たちの目を引きます。
副大統領に当選したマイク・ペンス氏は、妊娠中絶に反対する強硬な姿勢で知られていました。
ところがその直後、なんと8万件を超える寄付が、彼の名義で中絶支援団体「Planned Parenthood」へと行われたのです。
結果として、ペンス氏の自宅には、「マイク・ペンスさん、ありがとうございます」と書かれた寄付通知が大量に届くことになりました。
つまり、寄付を行った人々は、政治的・道徳的抗議として寄付を使ったのでした。
人々は副大統領の姿勢に抗議するために、怒りの気持ちから寄付をした / Credit:Canva
これが、ミルン氏らが着目した「報復的慈善活動」の出発点となりました。
研究チームはこの行動の動機や仕組みを明らかにするため、まずインタビューを実施しました。
報復的寄付を行った人物や、その対象となった人々への聞き取りを通じて、共通する3つの動機を見出しました。
寄付対象(つまり攻撃対象)への強い道徳的非難(悪意ある不正行為の認識)
怒り・嫌悪・軽蔑といった強烈な感情の発生
相手にダメージを与えるという罰の意図
次にチームは、より広範な実社会のデータを使ってこの仮説を検証しました。
2022年、カナダで発生した「フリーダム・コンボイ」(ワクチン義務化に反対するトラック運転手による抗議運動)において、支援団体への寄付が急増。
ところが政府の介入により、クラウドファンディングサイト「GoFundMe」でのキャンペーンが強制停止されました。
その直後、寄付者たちは新たなプラットフォーム「GiveSendGo」に移行し、短期間で数百万ドル規模の寄付が集まりました。
この寄付データ10万件超を分析したところ、「GoFundMe」や政府に対する怒りのコメントを書いた寄付者は、他の人より平均23ドルも多く寄付していたことが分かりました。
怒りの表現(「裏切り」「検閲」「腐敗」など)を含む投稿の多くが「モラルに反する抑圧」として認識されており、ここにも「報復」の意図が明確に表れていました。
この2つの初期研究によって、「怒り」や「道徳的違反の認識」が寄付動機となる現象が、定性的・定量的に裏付けられたのです。
人はなぜ、「罰したいから寄付する」のか?
続く第3の実験では、この報復的寄付のメカニズムをさらに細かく検証するため、548名の学生の参加者が集められました。
参加者のうち1つのグループには、架空のニュース記事を読んでもらいます。
「ある大学教授が授業中に意図的に人種差別的な発言をした」というものです。
そして別のグループには、同教授が意図せず似たような言葉を使ったという非意図的事例を提示。
さらに、それぞれのグループには、「この教授に反対する団体(寄付のたびに教授の解任を求める手紙を送る)に寄付できます」という報復オプションを提示する場合と、通常の寄付先だけを示す(=報復オプションなし)場合の2パターンが用意されました。
人々は報復オプションありの寄付を選ぶ / Credit:Canva
その結果は明快でした。
「意図的に差別発言をした」と判断されたケースで、報復オプションありの寄付が最も選ばれたのです。
そして研究全体の成果から、...
数が苦手な人に朗報です。
「数学が苦手なのは自分の努力不足ではなく“脳の配線”の問題かもしれない」——そんな驚きと希望を与えてくれる研究結果がイギリスのオックスフォード大学(University of Oxford)とサリー大学(University of Surrey)から発表されました。
前頭前野–頭頂葉ネットワーク結合が弱く数学が苦手な人の脳にごく微弱な「ランダムノイズ電気刺激」を与えることで数学の計算問題の成績が最大29%も向上したというのです。
「脳に電気」と聞くとギョッとしますが、ご安心ください。
実験で用いられたのは経頭蓋ランダムノイズ刺激(tRNS)という方法で、ごく弱い電流を頭皮から流すだけ。
痛みはなく、本人には刺激に気づけないほど微弱で安全なものです。
つまりイメージするようなビリビリするショックではなく、“かすかなノイズを脳に加える”ようなイメージです。
数学に苦手意識のある人にとって、「やればできる」が「脳に電気を流せばできる」に変わる日が来るかもしれません。
しかしいったいなぜ脳に電気を流すだけで、数学の成績が大幅にアップしたのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年7月1日に『PLOS Biology』にて発表されました。
目次
数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした『数学が苦手な人』
...moreほど電気刺激が効く理由
数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった
数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった / Credit:Canva
子供の頃からどうしても数学が苦手だった、という経験はありませんか?
どれだけ先生の説明を聞いても、周囲の友達と同じように問題が解けず、落ち込んだ記憶がある人も多いでしょう。
大人になってからも、計算が必要な場面で慌てたり、自分には数学のセンスがないと諦めてしまったりする人は決して少なくありません。
実際、OECD(経済協力開発機構)が2016年に行った調査によると、アメリカやイギリス、ドイツ、フランスといった先進国では、大人の約4人に1人(24~29%)が小学校低学年(5~7歳)程度の計算力しか持っていないことが明らかになっています。
つまり、多くの人々にとって、数学は子供の頃からずっと苦手意識のある科目のまま、大人になっても克服できずにいるわけです。
こうした数学の苦手意識や苦手な状態は、単に計算ができないだけにとどまらず、仕事でのチャンスや収入、さらには健康状態にも悪影響を及ぼす可能性があります。
さらに広い視点で見ると、数学力不足が原因で失業率が上昇したり、経済全体の成長が鈍化することさえあると指摘されています。
一度生まれた学力の差は、時間とともにますます広がっていくことが知られています。
例えば小学校低学年の頃に少し計算が得意だった子は、その後もどんどん数学が得意になり、逆にその時期に苦手だった子はずっと数学が苦手なままになってしまう、という状況です。
教育の分野では、これを「マシュー効果」と呼びます。
マシュー効果とは、最初の小さな差が、雪だるま式にどんどん大きくなっていく現象を指した言葉です。
実はこの現象、数学だけではなく語学や記憶力など、様々な学習分野で見られる一般的な傾向です。
これまで教育の現場では、このような学力差を解消するために「教える側」、つまり先生や教材、学習環境の改善に多くの努力を払ってきました。
先生の教え方を工夫したり、わかりやすい教材を作ったりといった方法がその代表です。
しかし近年、教育の効果を高めるためには、「学ぶ側」、つまり生徒の脳の仕組みそのものに注目する必要があるという考えが徐々に広がってきています。
人間の脳は人それぞれ異なり、生まれつき脳の中で特定の領域同士のつながりが強い人もいれば弱い人もいます。
こうした生まれつきの脳の性質が、学習能力や得意・不得意に大きな影響を与えていることがわかってきたからです。
特に数学の学習においては、前頭前野(おでこの奥にある脳の領域)と頭頂葉(頭のてっぺん付近の領域)という2つの領域が連携して働くことが非常に重要であることが、これまでの研究で明らかになっています。
前頭前野は、問題をじっくり考えて解く際の集中力や、情報を整理する能力を担っています。
一方の頭頂葉は、覚えた知識や方法を素早く引き出し、応用する力を支えています。
数学の問題を解く時、この2つの領域が互いにうまく連携できれば、計算をスムーズに進めることができます。
しかし、生まれつきこの2つの領域の連携が弱い人も多くいます。
その場合、どれだけ努力をしてもなかなか数学が得意にならないということが起こり得るのです。
そこで、イギリスのサリー大学やオックスフォード大学を中心とした研究チームは、あるユニークなアイデアを思いつきました。
「もし脳内の領域同士の連携が弱い人でも、外から刺激を与えてその連携を強化できれば、数学の苦手を克服できるのではないか?」というものです。
このアイデアは、学習の苦手な理由を本人の努力不足ではなく、脳内の神経回路のつながりという生物学的要因に求めるものでした。
実際のところ、脳に外部からの刺激を与えることで、人の数学の苦手意識や成績を改善することは本当に可能なのでしょうか?
脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした
脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした / 図は、「脳のネットワークの結びつき(前頭前野と頭頂葉間のつながりの強さ)」と、「数学の計算学習の成績」がどのように関係しているかを示しています。 この図でわかった重要なことは、もともと脳内で前頭前野と頭頂葉が強くつながっている人(脳の結合強度が高い人)は、特別な刺激がなくても計算問題の学習成績が良い傾向にあるということです。反対に、結びつきが弱い人(脳の結合強度が低い人)は、普通に勉強しただけでは成績が伸びにくく苦労してしまいます。 しかし興味深いことに、この「結びつきが弱い人たち」に脳への微弱な電気刺激(tRNS)を行ったところ、成績が大きく改善されました。特に前頭前野(dlPFC)に電気刺激を与えたグループでは、もともと脳の結びつきが弱くて苦手だった人が刺激によって、強い結びつきを持つ人と同じくらいの成績に追いつきました。一方、頭頂葉(PPC)に刺激を与えたグループや刺激なし(sham)のグループでは、こうした改善効果は見られませんでした。 つまり、この図は、数学の計算学習において脳の前頭前野と頭頂葉のつながりの強さが非常に重要であり、結びつきが弱い人でも、前頭前野に適切な刺激を与えることで、学習の苦手さを克服できる可能性を示した結果を直感的に伝えているのです。/Credit:Functional connectivity and GABAergic signaling modulate the enhancement effect of neurostimulation on mathematical learning
脳への刺激で数学的能力を高めることができるの?
この答えを得るため研究者たちは、まず18歳から30歳までの若者72名を対象に、数学の学習能力と脳の状態の関係を調べることからスタートしました。
研究チームが特に注目したのは、脳の中の前頭前野(おでこの奥にある領域)と頭頂葉(頭のてっぺん付近の領域)という2つの領域の連携(ネットワーク)です。
まず実験前に参加者全員の脳をMRIでスキャンし、この「前頭前野–頭頂葉ネットワーク」の結びつきの強さを測定しました。
次に、参加者たちは5日間にわたり、1日約30分の数学トレーニングを受けました。
トレーニング中、一部の参加者には「経頭蓋ランダムノイズ刺激(tRNS)」と呼ばれる、ごく弱い電流を脳に流す刺激が行われました。
この刺激を受ける場所によって参加者は3つのグループに分けられました。
あるグループは前頭前野に、別のグループは頭頂葉に刺激を与え、残りのグループは実際には電流を流さない(プラシーボ)刺激を受けました。
参加者が解いた数学の問題は2種類あります。
1つは特定の計算手順を実行して答えを導くタイプの問題、もう1つは単に答えを丸暗記するタイプの問題です。
たとえるなら前者が頭を使って筆算や方程式を解くような問題であるのに対して、後者は計算というより歴史年表の暗記に近いものと言えます。
5日間のトレーニングが終わった後、再び参加者たちの脳をスキャンし、数学の問題を解く能力がどう変化したかを分析しました。
すると驚くべき結...
1935年4月25日、豪
シドニーにある
クージー水族館で、
オーストラリア史上もっとも奇妙な
殺人事件が幕を開けました。
その始まりは誰にも予想できない形で訪れます。
なんと
水族館に展示されていた体長4.4
...moreメートルのイタチザメが突然、人間の左腕を吐き出したのです。
無惨に千切れた腕には、2人のボクサーがスパーリングをしているタトゥーが掘り込まれていました。
水族館に駆けつけた刑事たちは、あまりの衝撃的な光景に言葉を失います。
そして当然のごとく、このような謎が頭に浮かびました。
「一体なぜ人間の腕が水族館のサメの胃から出てきたのか?」と。
この事件は1935年当時の新聞『Sydney Truth』でも大々的に報じられ、今日と同じくらい信じがたいものとして受け止められました。
記事の見出しにはこう記されています。
「驚くべき悲劇――エドガー・アラン・ポーでさえ、最も奇怪な幻想の中にも想像しなかったような悲劇だ」
では、この片腕は誰のものだったのか、なぜこの人物の腕は水族館のサメの中から出てきたのか?
その謎を紐解いていくと、シドニーの恐るべき裏社会とのつながりが見えてきました。
目次
サメが吐き出した腕は誰のもの?ジミー・スミス殺人事件、腕の行方は?
サメが吐き出した腕は誰のもの?
サメが吐き出した左腕は、鑑識の詳しい調査に回され、特徴的な刺青と指紋のおかげですぐに身元が判明します。
それは「ジェームズ・ジミー・スミス(James “Jimmy” Smith)」という男性のものでした。
ジミーは当時45歳のイングランド出身のアマチュアボクサーで、シドニー中心部の酒にまみれたビリヤード場で働いていた人物だったといいます。
当時の新聞記事/ Credit: National Library of Australia
その後に判明したのは、ジミーがシドニーの裏社会と多くの関係を持っており、特に「レジナルド・ホームズ(Reginald Holmes)」という怪しい実業家とのつながりがあったことです。
ジミーはホームズを通じて、ボートを使い沖合で麻薬を受け渡すという金儲けのビジネスに関わるようになりました。
しかし2人の関係は、とあるプレジャークルーザーを沈めるという詐欺事件をめぐって崩壊します。
1930年代半ば、オーストラリアは世界恐慌の影響で経済的に追い詰められていました。
資金繰りに困ったジミーは、かつてのビジネスパートナーであるホームズに対して恐喝を行おうとし、裏社会内部での緊張が高まっていったのです。
そして事件は起こります。
ジミー・スミス殺人事件、腕の行方は?
...
ポーランドのワルシャワ大学(UW)を中心とする国際共同研究によって、量子の世界における「量子もつれ」という現象を熱力学のように可逆的に操作する新たな手法が発見されました。
これまで量子もつれは一度使われると完全に元の状態には戻せない「使い捨て」の資源とされてきましたが、「もつれ電池」というシステムを導入することで、もつれを自由に出し入れし、まるで巻き戻し可能なビデオテープのように扱えることを理論的に証明しました。
研究者たちはこれが熱力学第二法則の量子もつれ版であると述べています。
果たして量子情報の世界にも熱力学の第二法則に匹敵する普遍的な法則が存在しているのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年7月2日に『Physical Review Letters』にて「」発表されました。
目次
量子もつれは熱力学第二法則と関連しているのか?もつれ電池が動くことで量子力学版の熱力学第二法則が確認されたもつれ電池は量子テクノロジーをどう変えるのか?
量子もつれは熱力学第二法則と関連しているのか?
量子もつれは熱力学第二法則と関連しているのか? / Credit:Canva
私たちの部屋は、普通に生活をしていると次第に散らかってしまいます。
いったん散らかってしまうと、それを元通りに整理整頓するには多くのエネルギーが必要で、自然にきれいに戻ることはほぼありません。
物理学の世界にも、こ
...moreれと非常によく似た現象があります。
それは「エントロピー増大の法則」または「熱力学第二法則」と呼ばれています。
この法則は、「孤立したシステムの乱雑さ(エントロピー)は、自然に増えることはあっても、勝手に減ることはない」という原理を示しています。
つまり、一度増えてしまった「乱雑さ」は、何もしないまま完全に元の整った状態へ自然に戻ることはありません。
このため、熱力学第二法則は「時間の流れが一方向にしか進まない理由」として知られています。
一方、量子の世界には、私たちの日常では想像しにくい奇妙な現象がいくつかあります。
その代表例が「量子もつれ」です。
量子もつれとは、二つの粒子が、まるで目に見えない糸でつながっているかのように、離れていても完全に同期して動くという不思議な相関のことです。
片方の粒子を観察すると、もう片方の粒子の状態が瞬時に分かるという現象で、これはアインシュタインも不思議に感じたほど奇妙なものです。
近年、この「量子もつれ」は、量子コンピューターや量子通信といった、次世代の情報技術を支える非常に重要な基盤として注目されています。
しかしこの量子もつれは、「もつれの強さ」という量で定量化でき、その量が変化する様子は、熱力学のエントロピーと驚くほど似た特徴を持つことが知られていました。
このため、多くの物理学者は「もしかすると量子もつれにも、熱力学第二法則のような一方向のルールが働いているのではないか?」と疑問を持ち始めました。
実際、理想的な条件下である「純粋状態」と呼ばれる完璧な量子もつれ状態に関しては、この疑問はすでに答えが出ています。
純粋状態の量子もつれであれば、別のもつれ状態に完全に変換した後でも、再び元の状態へきれいに戻すことができることが「数学のレベルでは」示されていました。
つまり、「理想的なもつれ」は完全な可逆性を持ち、エネルギーが減ることのない理想的なバネのような性質を示していました。
(※これは熱力学によって動くカルノーエンジンが理想的な状態を示す状況と似ていると言えるでしょう)
しかし実際には、私たちが量子通信や量子コンピューターで扱う量子状態は必ず何らかの外部ノイズや乱れを受けてしまい、「混合状態」と呼ばれる、少し乱れた状態になってしまいます。
そしてこの「混合状態」の量子もつれは、純粋な状態とは大きく異なり、一度操作をすると再び完全に元のもつれ状態に戻せないことが分かっていました。
たとえるなら、完璧に整えられた髪が一度雨や風で乱れてしまうと、自分の手で整えても完全には元の状態には戻らないような状況です。
特に極端な例として知られる「バウンドもつれ」という量子状態では、量子もつれを作り出すためにエネルギーや資源を消費しているにもかかわらず、その後は役立つ量子もつれを一切取り出すことができません。
これはまるで、お金をかけて複雑な機械を組み立てたのに、組み立て終わった途端にもうその機械を使って有益な仕事ができないという状況に似ています。
つまり、現実的な量子状態のもつれは「一度使ったら元に戻せない使い捨ての資源」のようにしか使えないというのが、これまでの量子情報科学の常識だったのです。
こうした状況に対して、科学者たちは次のようなアイデアを考えました。
それは「もつれ電池(エンタングルメントバッテリー)」と呼ばれる特別な量子システムを用意して、もつれを前もって蓄えておき、不足したときに貸し出し、操作が終わった後に再び同じ量を戻してもらうという仕組みです。
化学反応で、触媒が反応を促進しながら自分自身は変化しないのと同じように、このもつれ電池は自らの量子もつれを減らすことなく、他の量子系のもつれを自由に変換する助けとなります。
では実際に、このような「もつれ電池」を用いて、本当に量子もつれを自由自在に変換し、完全に元の状態に戻せるのでしょうか?
そして、理論的に示されたこの新たな可能性を、研究者たちはどのようにして証明したのでしょうか?
もつれ電池が動くことで量子力学版の熱力学第二法則が確認された
もつれ電池が動くことで量子力学版の熱力学第二法則が確認された / Credit:Canva
「もつれ電池」を用いることで、本当に量子もつれを自由自在に元通りに戻すことができるのでしょうか?
また、それを理論的にどのようにして証明したのでしょうか?
この疑問に答えるために、研究チームは次のような理論的な思考実験を行いました。
ここではまず、「量子情報の世界でよく登場する二人の架空の人物、アリスとボブ」が登場します。
彼らは遠く離れた別々の場所にいて、それぞれが自分の手元に「量子ビット」と呼ばれる量子情報の基本単位を持っています。
この量子ビット同士が「量子もつれ」の状態にあり、アリスとボブの間には、この「もつれ」によって量子情報が強力につながっている状態になっているのです。
ただ両者の間にある量子的繋がりは「理想状態」ではなく消費すれば消えてしまう「現実的」なものとします。
ただし2人は追加の共有資源として「もつれ電池」を用意し、その内部に一定のもつれ(相関)量を蓄えた初期バッテリー状態を準備します。
次に両者は自分たちの持つ初期状態を目標とする別のもつれ状態へ変換することを試みました。
同時に、上記のもつれ電池から相関を「借りたり返したりする」ことが許されます。
量子もつれAを消費して無くしてしまうのではなく、別の量子もつれBに変換し、その量子もつれBをもつれ電池に返し、そして2人の元に再び新たな量子もつれAが届けられるというサイクルを行うわけです。
すると非常に興味深い結果が得られました。
もつれの変換後、バッテリーには当初と同じかそれ以上のもつれが蓄えられていたのです。
さらに重要なのはある状態Aから別の状態Bへの変換を行ったあと、同じ手順を逆向き(BからAへ)に適用してもらえば、一切のロスなく元の状態に戻せることがわかりました。
実際、研究チームは数学的に状態Aが状態Bへ変換可能であり、かつ逆変換も可能であるための必要十分条件が「状態Aの量子もつれの大きさE(A)が状態Bの量子もつれの大きさE(B)以上であること「(E(A) ≧E(B」)」を示しました。
Eは量子もつれの「大きさ」を測る指標のようなもので、古典熱力学におけるエントロピーに相当するものです。
ここで注目すべきなのは量子もつれの大きさを示す(E(a) ≧E(b)の間にイコールがあることです。
研究者たちが示したのは、「変換前のもつれ量が変換後のもつれ量よりも多い(または同じ)ならば、変換は必ず可能であり、逆方向の変換も必ず可能である」という非常に明快な条件でした。
この結果は「量子もつれは、操作の過程で量子もつれの総量が減少しない」という、いわば量子世界の「第二法則」という新たな普遍的法則があることを示しています。
先にも述べたように通常の熱力学第二法則ではエントロピー増大の法則であり、「エネルギーの総量」は変化しなくても、エネルギーの「質」は常に劣化し、使いやすい形から使いにくい形(乱雑な状態)へ一方通行的に変化してしまうことを指し示します。
同様にこれまで量子もつれの操作は「一度...